皆さん、こんにちは。
最近引き取った仔猫が可愛くて仕方ありません、あい駒形クリニック常勤医の高橋秀行です。
「耳鼻科医師が訪問診療を志したワケ③ 〜苦難のアメリカ生活〜」に引き続き、今回も耳鼻咽喉科・頭頸部外科医である私があい友会と出会い、訪問診療に携わるまでのお話をしたいと思います。
前回はアメリカでの博士研究員時代のお話をさせて頂きました。
今回は、ご縁があって転職した製薬企業での経験についてお話させて頂きます。
製薬企業の医師は何をしてる?
そもそもですが、製薬企業で働く医師がいるということをご存知ない方もいらっしゃると思いますので、製薬医師の業務について、一般的なところをお話したいと思います。
製薬企業で医師が所属する部門として一般的なのは、メディカルアフェアーズ(学術)部門、開発部門、安全性部門です。
メディカルアフェアーズ
メディカルアフェアーズ部門では、市場における自社製品の価値を高めるための戦略の立案に、医学専門家として参加します。
臨床医としての経験を活かし、薬を処方する側の目線から自社製品の価値を理解し、現場の医師に情報提供したり、リアルワールドデータにおけるエビデンスの創出にも積極的に関わります。
開発
開発部門は、基礎研究段階では病気に効くかもしれない「物質」を、人に安全に投与出来る「医薬品」に育ててゆく部門です。
そのためには膨大な投資を行い第1相〜第3相の臨床試験を行う必要がありますので、医療現場のニーズを正確に理解することが戦略的に重要となります。
開発部門の医師は、臨床医の視点で現場のニーズを的確に理解し、国内市場における新規開発品の価値を最大化すべく、適切に開発戦略を進めることが求められます。
安全性
安全性部門は、製品の安全性を高めるための様々な施策を立案・実施する部門です。
薬をヒトに投与すると、様々な「有害事象(薬の投与後に生じたあらゆる健康上の問題)」が生じます。
有害事象には、投与した薬との因果関係を疑う事象もあれば、原疾患に関連した症状として矛盾しない事象、併用している別の薬の副作用まで、様々な事象が含まれています。
これらを適切に評価し、薬との因果関係が否定できない「副作用」を同定し、添付文書等で適切に注意喚起してゆくことは、患者さんが安全に医薬品を使用するために、とても大切です。
安全性部門の医師は、同定された副作用や潜在的なリスクについて適切に注意喚起するために、医学的な観点からインプットを行います。

今でこそ上記のような説明が出来ますが、お声がかかった当初は製薬企業における医師の役割などわかるはずもなく、転職を決めるまではかなり悩みました。
それでも結局転職を決めたのは、大学院・博士研究員時代の経験で得た「チャレンジすることの大切さを実感した」という経験があったからです。
製薬企業で働いてみて感じたこと
医薬品の安全性の大切さ
また、様々な部門がある中で、私は安全性部門を希望し、採用頂けることになりました。
安全性部門を希望した理由は色々とあるのですが、一番は薬の副作用を減らしたい、という想いがあったからです。
長く医師という仕事をしていると、薬の副作用が原因で治療の継続が出来なくなることがあります。
特にがんの患者さんにとって、化学療法はしばしば副作用との闘いになります。
副作用で患者さんがつらい思いをすることもそうですが、副作用が原因で化学療法を中止せざるを得ないことが、患者さんにとっても医療者にとっても一番つらいことです。
医薬品の副作用特性そのものを市販後に変えることは難しいですが、投与スケジュールや投与量を適切に調整したり、副作用を軽減させる薬を予防的に投与する等の工夫を行うことで、より安全に、継続して治療を行うことが出来るようになります。
こうした施策を医学的な観点から立案してゆく仕事がしたい、そういった想いがありました。
医師は特殊な仕事だった
実際に企業で仕事をしてみて強く実感したのは、医療従事者という仕事、特に医師という仕事の特殊性です。
勤務医は、外来診察をしたり、入院患者さんを診察したり、手術をしたりと様々な業務がありますが、まずは患者さんが外来に受診してくれないと何も出来ません。
また、患者さんをいざ診察、になるまでに、様々な職種の方が診察の準備をしてくれますので、診察室で座って待っているだけです。
このように、勤務医の業務は受け身の側面が強いのだなということを、現場を離れてみて初めて気付かされました。
一方で、会社員の業務は、仕事が来るのを座して待つわけにはいかないし、自分の業務をお膳立てしてくれる人もいません。
自分の業務と責任を理解し、主体的に判断し行動することが求められます。
医師という仕事は、自身の判断ミスで人命が失われることもある、非常に責任の重い仕事だと思いますし、相応のストレスを感じることもありますが、会社員の方が組織において日々背負っている責任とストレスもまた重いのだなと、やってみて気付かされた次第です。
こういった会社員の責任を肌で感じ理解することが出来たのは本当に貴重な経験で、今後の自身の人生の大きな糧になったと感じています。
挫折と新たな出会い
耳鼻科医であるという壁
ところが、時が過ぎ業務に慣れてきた頃、自身にとっての大きな壁を感じるようになりました。
それは、自分が「耳鼻咽喉科・頭頸部外科医」であるということです。
耳鼻咽喉科の患者数は医療業界全体から見ると少数で、しかも外科系の診療科ですので、薬物治療の対象となる患者はさらに少なくなります。
このため、新規薬剤はほとんどなく、製薬企業において耳鼻咽喉科医の専門性を活かしてゆくのは困難と言わざるを得ません。
安全性部門を選択したのは、こうしたディスアドバンテージを軽減できるという考えもあったのですが、内科系の疾患と治療薬に関連する副作用について医師の専門性を発揮するには、内科系全般の診療経験の浅い自分には限界があると、徐々に感じるようになりました。
プライマリ・ケア医へ
そして、自身がぶつかっている壁を超えるには、幅広い疾患を診療するプライマリ・ケアを学び直すしかないという考えに至ったのです。
40歳を過ぎ開業する同年代も多い中で、他の診療科を学び直すというのは容易ではありませんが、自身のぶつかった壁を超えて自身の幅を拡げるのは今しかないと思い、決断いたしました。
こうして、自身のこれまでの経験も活かしつつ、プライマリ・ケアに携われるような職場探しを始めましたが、一般的にはプライマリ・ケアをされている先生は自身のクリニックを開業されているケースが多く、勤務医という形で始めるのは難しそうでした。
また、耳鼻科専門医という肩書きでも雇って頂けるような内科・総合診療科の病院もなかなか無いのが現状でした。
ところがある日、以前に通った道で見かけた看板を、ある日突然思い出しました。
通りがかった時は「あれ、こんなところにクリニックがあるんだなー」くらいで、大して気にも留めていなかったのですが、この日は本当に降って湧いたように突然、閃いたのです。
その看板には確か、こう書いてありました。
「在宅医療支援診療所 あい駒形クリニック」

こうしてついに、私はあい友会に出会うことが出来ました。
「出会いのキセキをいつくしむ」というのは当法人がよく用いるフレーズですが、以前にたまたま通りかかった当院をたまたま思い出し、今こうして働かせて頂いているのは、本当に出会いのキセキだったなと、素晴らしいスタッフに囲まれて、多くの素敵な患者さんに出会う日々の中で、繰り返し実感しています。
次回は本シリーズの最終回です。
あい友会に入職した自分が、プライマリ・ケア医として何を考え、何を目指してゆくのかをお話出来ればと思っています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!